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2012年11月26日 (月)
 

ここからの建築|vol.5 田根剛 追加インタビュー「新国立競技場コンペ案について」

11月15日に審査結果が発表された新国立競技場国際コンペ。そのファイナリスト11組に選ばれた田根剛さんにコンペ案「KOFUN STUDIUM」についてお話をうかがいました。先日公開された「ここからの建築|vol,5」の追加インタビューです。

――今回は公開されたインタビューに引き続き、先日結果が発表された新国立競技場の事についてお話をうかがいたいと思います。まずは参加するにあたりどのような事を考えられましたか?

今回は、審査委員長の安藤忠雄さんが次世代型スタジアムの提案として「地球人の未来へ向かう灯台」ということを掲げられており、コンペ自体のメッセージ性がとても強いものでした。スタジアムというものはギリシャを起源に都市の中で人々が集まる場所としてはじまりますが、現代つくられているスタジアムの主流は、その規模の大きさから、どうしても都市の外につくられ、郊外化した風景に佇む駐車場に囲まれたUFOのような建築物という形式になっています。けれども今回の新国立競技場は再び人々が都市に集まるためのスタジアムを建設するというものであり、そうした時にこれまでのような近未来的なUFOはつくらないというのが僕らの考えでした。むしろ近い未来を見つめるよりも、遠い過去を現代に繋げることで、ここにしかない場所のアイデンティティをつくりだすことができるのではないかと取り組みました。そしてもうひとつは日本でつくることの意味を考えたいと思い、その中で出てきたのが「古墳」という発想です。

―それが今回の提案のタイトル「KOFUN STUDIUM」に繋がるのですね。その古墳ということに込められたメッセージとはどのようなものだったのでしょうか?

今後も更なる都市化が進行し情報も増え続ける中で、いつまでも変わることのない場所の固有性が必要になると考え、都市の中にある巨大な建築物ではなく、大地の一部でもあるような建築が考えられないかと思いました。古代最大の建造物であった古墳と、現代における最大の祭典であるオリンピックを一つの建築にする。死を祀るための古墳と生を競うスポーツというものが一つの形になることは現代に発するメッセージとして意味があると思い提案しました。




またこの古墳は単に利用可能な公園ではなく、アクセスを限定することによって人が立ち入ることができない強い自然を東京の中心に持ち込みます。再び人工の自然をつくるという時に、公園程度では場所の力を生み出すには弱く、強い自然、強い森をつくる事が重要だと感じました。また、明治神宮は明治天皇が亡くなった際に民が集って鎮魂の場所をつくり、現在に至る100年の森が生まれています。かたや神宮外苑の方は、明治天皇の文化的業績を讃えた場所として明治記念館などが造られたのですが、戦後GHQによってスポーツ文化がつくられ、その後も東京オリンピックで競技場ができるなど、だんだん元の場所の意味が失われていきました。そこでもう一度100年間かけてこの場所を森に戻すという提案です。それは表層的に自然を纏うではなく、もともとあった明治神宮の森と同じような森を立体的につくるということです。そしてスタジアムの頂部にまで辿り着くと、そこにある太古のような森から東京を360度見渡せる、これは良いなと思っていました。


アクセス

―今回のようになモニュメンタルな建築は基本的に外部から眺められるものとしてつくられると思うんですが、逆にスタジアムから都市を眺めるための場所になるというのは面白いですね。

スカイツリーのようなところから都市を見下ろすというのもあると思いますが、競技場の隆起した大地の森から大都市東京を眺めるというのは異なったメッセージだと思いました。スタジアムの上に人が登れるというのが重要なのですが、そこは観光地というよりは、むしろ静寂な、長い階段を上がって辿り着く悠久の場所として考えています。そこから東京という都市を眺め続けられる場所にしたいと思いました。


頂上からの眺め

ー今回の課題として狭い敷地内にどう必要なプログラムを収めるかということが問われていたと思いますが、敷地の使い方や隣接する敷地との関係はどう回答されましたか?

プログラムに関しては要求された内容に沿って、面積の大きな駐車場などは地下に埋めています。提案が山型なので建物全体を覆うことで、機能的にうまく収めやすかったというこがあります。また青山通りから入る敷地の西側は都市的な側面として山がめくれ上がり、その下に商業施設などを配し、明治記念館側は地面に接して公園からの連続を促したり、千駄ヶ谷駅からは突然大自然が現れるなど、周辺の状況に合わせてスタジアムの足下に変化を持たせて対応しています。全体が地形となっているので、周辺の環境に対応させたり対峙させたりと、それぞれの対話の仕方を考えました。


立面図

ー起伏をもたせたことで、周辺との関係性を合理的に調整しやすくなったということでしょうか。

かちっとした箱形、または周辺から自立したスタジアムではできないような周囲との対応を僕らなりに考えていきました。後はエネルギーのことについても、どのように持続性と変動性を持たせるかということを考えています。イベント時は膨大なエネルギー量が必要になる一方で、イベントが無い時というのはほとんどエネルギーが使われないくらいになります。そこでエネルギー・シェアといって、スタジアム外にエネルギーを供給し、より合理的なエネルギーの使用調節を計る。また長い洞窟を通り抜けた先に、光に包まれたスタジアムがあるという空間をつくっていますが、これはスタジアムの天然芝を育てるために、天井面に無数の穴をあけてレンズを通して光を取り入れています。他にも芝生に風を取り入れる為に空気の道をつくったり、全体を自然換気によって空調機能を減らすなど、光、水、風等、自然が持つエネルギー循環のあり方を現代に必要な環境として整え、微調整が行えるように環境をコントロールする仕組みを環境エンジニアと提案しました。


断面図


エネルギーシステムダイアグラム

ー今回は田根さんの事務所単独では参加できないということで、参加要件をみたしている事務所と組まれてのエントリーになりましたが、どういう思いで参加されたのでしょうか?

今回は自分たちだけでは参加できないので、フランス国内で4社くらいに問い合わせをし、モンペリエのA+ Architectureがプロジェクトの提案も含めて興味を持ってくれたので参加できることになりました。彼らは非常に協力的に、経験ある事務所としてスタジアム設計に関するアドバイスを行なってくれました。こうした建築のビジョンを示すことができる大きなコンペというのが事実少なくなってきている中で、今回のようにチャンスが僅かでもあれば、挑戦していくという姿勢が大事だと思っています。それが僕らの建築家としてのチャレンジ精神なので、条件の厳しさ云々ではなく勇気を持って建築で勝負が出来るのかと、常に問うていきたいなという想いはあります。


内観パース

ーまた、今回のコンペでは、基本設計、実施設計をあらためてプロポーザルで選ぶという建築家からすると最後まで建築に関与できない危うさも指摘されていましたがそうした状況についてはどう思われますか?

建築家がすべてをコントロールするのが正しい条件ではないことも時にはあります。これだけの壮大な建造物を短期間で完成させるのは、一人の建築家がコントロールできる規模でもありません。もしそこにチャレンジするのであれば、コンセプトが勝負だと思いました。自分としては形が少しくらい変わろうと、デザインの勝負ではないので、森を育てるというメッセージと、コンセプトは崩れないと思い提案しました。

ー現在的な状況をふまえ、コンペの結果をどのように捉えておられますか?

今回、審査員の大きな仕事はオリンピックを招致することです。その中でザハの提案の力強さは群を抜いています。この規模のコンペに勝ったのだから、ただのスタジアムではないものとして妥協せず実現して欲しいなと思います。ただ一方で、資本主義の真っ只中で建築をオブジェクトのように買い取るという事態が気になっています。今回の結果がオリンピック招致の為だけの近視眼的な決断ではないことを願っています。そうした状況に対しても場所の記憶という僕らなりのメッセージとして発しました。改めて建築の仕事というのは大きな責任であり、同時につくり続けることでメッセージを発していくことのできる職能だと感じています。

ー最後に本編のタイトルにもなっている「この時代の文化」をコンペではどのように意識されていたのでしょうか?

文化というのは一人一人の毎日の生活によってつくられています。そんな当たり前のことは時に忘れてしまうんですけれど、人とどのように出会ったり、何かをつくったり、何かを買いに電車を使ったり歩いてみたり、そうした生活に関わること全てが、文化に対する一人一人の寄与の仕方であって、時代の意識として現れるのだと思っています。また文化という枠を大きな時代で捉えてみると、古代というのは権力の象徴として、中世は宗教の啓蒙によって、近代は産業に製造によって、近代は資本の投資によって文化がつくられてきました。そして現代は情報と環境によって文化が作られていると思います。それは文化の中に、どれだけ情報力と環境力があるかが問われる時代です。多くのものが情報化され、その量は膨大化されていく一方で、環境は今後の成長、成熟、停滞、衰退、崩壊とそれぞれの都市によって将来は違ってくるだろうと思います。この時代の文化において、身の回りを取り囲んでいる環境を情報に置き換え、その情報をもう一度環境として表現する、今そこに向き合おうとしています。そんな中で、今回の古墳スタジアムは、強い情報力と強い持続環境を都市の中に形成するという提案でした。それは、デザインやスタイルではない、環境のつくり方による建築の創造だと思っています。
(了)

ここからの建築|vol.5 田根剛「この場所にその時代の文化をつくる」こちら>>

田根剛
1979年東京生まれ。2006年、ダン・ドレル(イタリア)、リナ・ゴットメ(レバノン)とDGT - DORELL.GHOTMEH.TANE / ARCHITECTSをパリ・フランスに設立。2006年にエストニア国立博物館・国際設計競技を受賞し国際的な注目を集める。ヨーロッパ・中東・アジアと異なる文化圏の背景を持つDGTは、グローバルな視点から「場所の記憶」をテーマに建築の創造を試みている。現在、エストニア国立博物館(2015年完成予定)をはじめ、フランス、スイス、レバノン、日本でプロジェクトが進行中。フランス文化庁新進芸術家賞(2008)、ミラノ建築家協会賞受賞(2008)、イアン・チェルニコフ賞・ノミネート (2010)等。2012年より、コロンビア大学GSAPP客員教授。www.dgtarchitects.com

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インタビューシリーズ「ここからの建築」とは、建築リサーチプロジェクトRADが毎月お届けする若手建築家へのインタビューシリーズ。時間的未来「これから」をただ描くだけでなく、はたまた個々人の「これまで」を語りなおすだけでもなく、世界の時間的/空間的広がりに向かい合い、その第一歩目をどう踏み出すのかを、つまり「ここからの建築」を考えるという意識のもと、今後建築家として活動していく若手建築家にインタビューを行い、 どのような建築の姿を未来に向けて描いていけるのかを考えていく。

企画・取材・編集:RAD
「建築の居場所(Architectural Domain)」に関するインディペンデントなリサーチプロジェクト。2008年に川勝真一と榊原充大により開始。「建築的なアイデアは“建てること”だけを目指すべきではない」を合言葉に、では、そのとき建築家あるいは建築には何ができるのかについて展覧会やインタビュー、都市プロジェクトを通したリサーチを行っている。

 
 
 
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